収穫された〈寺床の自然卵〉
連載|つづく、つなぐ、大分のなりわい

温泉を活用した“温泉パプリカ”で成功。
大分県〈タカヒコアグロビジネス
(愛彩ファーム九重)〉が実践する
持続可能なスマート農業 | Page 3

Posted 2025.11.21
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地元の生産者〈寺床の卵〉を事業承継し
持続可能な循環型農業へ

収穫が終わったパプリカの茎や葉も有効活用。廃棄せず、粉砕し発酵させて堆肥にしています。

「なるべく化学肥料は使わず、自分たちで堆肥をつくって農業がしたかった。化学肥料に頼らない循環型農業のほうが環境にいいし、持続可能ですから」

白ネギが露地栽培されている畑
自社でつくった堆肥を使って露地栽培する白ネギ。山間の畑には、見渡す限り濃い緑色の葉が茂っていました。

自社でつくった堆肥は、土で育てている露地栽培の白ネギや、ハウス栽培のピーマンに使っています。この堆肥づくりに欠かせないのが、鶏糞。昨年、同じ九重でこだわって平飼い養鶏を続けてきた〈寺床(てらとこ)の卵〉を事業承継し、鶏糞も自社でまかなえることになりました。

鶏舎内で動き回る鶏たち
自然豊かな山中の鶏舎で、自由に飛び回りながら育つ鶏たち。「鶏も人間と同じで、夏と冬では食べたいものが変わるんですよ。だから、季節に合わせて餌の配合を変えるんです」

きっかけは、こだわりを持って安心、安全でおいしい卵づくりを続けてきた経営者が高齢になり、「愛彩ファームがやってくれんか?」と声をかけられたこと。しかし、当初は継承に消極的でした。

「旨さが全然違う!」と、大久保さんも卵の味に魅了されていたひとりではあるのですが、野菜だけでも手いっぱいなのに、まったく知識も経験もない養鶏まで担うことができるのか。そもそも、平飼いの養鶏で事業の採算を合わせることができるのか……。

それでも大久保さんは現場で餌やりなどを手伝い始めるうち、「鶏も卵も魅力的だし、自社の農業に鶏糞も欲しい。もう、やるしかない!」と思うように。「自然が豊かな大分県で続いてきた魅力ある農業を、衰退させてはいけない」という、タカヒコアグロビジネス創業のきっかけでもある想いを実践し、事業承継が決まります。

そんな折、経営者が突然亡くなってしまいますが、正式な手続きを進め、前経営者の遺志も受け継ぐことになりました。

産卵箱に卵が産み落とされている
モミを敷いた産卵箱に産み落とされた卵。「食べ物も環境もいい場所で、鶏が自由に飛び回ったり土遊びもできる、昔ながらの養鶏。当然、卵はおいしいですよ」と、大久保さんは自信たっぷり。

既存の配合飼料は使わず、鶏たちが自由に動き回れる安心な環境のなかで、地元の米ぬかなど安全な餌と敷地内に湧いている湧水を与えて育てる養鶏は、糞もとても質がいいのだとか。

「鶏の腸内環境がいいですから。発酵させるともっといいものになって、土に還っても微生物がたくさんいる。とてもいい循環が生まれるんです」

収穫カゴにたくさんの卵が入っている
「洗浄すると卵が呼吸できなくなる。鮮度にも悪い」という先代からの教えを守り、手作業でひとつずつ卵を丁寧に磨いて出荷します。
パッケージングされ出荷を待つ〈寺床の自然卵〉
平飼いで、自社配合の餌で育てた卵は、「おいしい」と評判。全国各地にファンがいるそう。

温泉を利用したCO2を出さない温室や、自社で鶏から育てて堆肥をつくるなど、タカヒコアグロビジネスの大きなテーマでもある「持続可能」な農業を次々に実践。さらに、パプリカやトマトなどの野菜の収穫量が少なくなる冬場の収入を安定させようと、大分県の特産品でもあるしいたけの原木栽培も始めています。

たくさんの原木が並ぶしいたけ畑
「めちゃくちゃいいところでしょ」と、大久保さんが連れていってくれた原木しいたけ農場。グループ内で林業を手がける部署にも協力してもらい、木の切り出しから自分たちで行っています。

今年からは、新たにイチゴ栽培にも着手。ゆくゆくはこのハウスにも温泉熱のパイプを伸ばす予定で、「『温泉イチゴ』で売り出そうと思っているんです」と、大久保さん。

ハウス内でイチゴの苗が育っている
取材時は、土づくり、苗づくりから取り組んだ“初代のイチゴ”が葉を茂らせている最中でした。

さらに、大きな農園の敷地内にはカフェをつくる構想も。「地元の人がちょっとコーヒーを飲んだり、湯布院に行く観光客に立ち寄ったりしてもらえれば」と、自社栽培のイチゴや卵を使ったスイーツも計画中です。

その日採れたパプリカのほか、地元の人がつくる野菜なども持ち寄ってもらい販売する。「温泉の蒸気があるから、寺床の卵を自分たちで蒸してもらってもいいですよね」と、イメージは膨らむばかりです。

今後は、米づくりにも挑戦したいと考えているそう。

「ビジネスで儲かるからではなくて、自分がつくりたいから。興味あるものは全部つくりたいんです。つくってみてから、どうやってブラッシュアップすれば事業として成り立つのかを考える。間違いなく成功する事業をするのは、興味がないんです」

課題になっていることにこそおもしろさがあると言い切ります。

ハウスの前に立つ大久保翔太さん
「あえてみんながやらないことのほうがおもしろい。そして、多分そこにビジネスチャンスがあると思うんですよ。農業、めちゃくちゃおもしろいですね」

持続可能で、ビジネスとしても成功する大規模農業。西日本でも最大規模のパプリカハウスを温泉熱で温め、ICTを積極的に取り入れたスマート農業でこれを叶えました。

そんな挑戦のなかで気づいたのは、人との出会いやつながりの大切さ。栽培について教えてくれた農業の師匠や、地元の農業関係者、いまや40人を超えるまでに増えた従業員、さらに直接会って交渉する取引先など。最先端の農業を実践するタカヒコアグロビジネスにとって欠かせないのは、昔ながらの人とのつながりでした。

これからも農業と人とのつながりを広げながら、地域の活性化にもつながる持続可能な取り組みを続けていきます。

ハウス内のトマトが色づきかけている
Information
タカヒコアグロビジネス(愛彩ファーム九重)
address:大分県玖珠郡九重町大字野上3905-1
tel:0973-77-7000
web:愛彩ファーム九重

credit text:河野恵 photo:ただ(ゆかい)

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