日田市生まれの体験型弁当!?
「きこりめし」と「いかだすし」に込められた
〈ヤブクグリ〉の思い
天領だった江戸時代から林業のまちとして栄えてきた日田市。そんな日田市の林業を応援する活動を続ける有志団体〈ヤブクグリ〉は、2012年8月の発足以来、「いま、森を見よ!」をスローガンに掲げて、さまざまなユニークな取り組みを続けてきました。2021年には地元の木を使って、家具や工芸品などを手づくりで製造・販売するために〈ヤブクグリ生活道具研究所〉を設立し、その多彩な活動でも、さらなる注目を集めています。
日田市の林業を盛り上げる〈ヤブクグリ〉。
そのユニークな取り組みとは?
発起人は、東京在住の画家・牧野伊三夫さん。画家として絵の主題を求めて日田へ来た折に、市観光協会の黒木陽介さんに林業関係者を紹介されて林業に関心もつようになったそう。
「牧野さんは福岡県北九州市の出身なのですが、ふと岐阜の『飛騨』と九州の『日田』の名前が似ているなと思ったそうなんです。調べてみると、どちらも山奥にある林業の盛んな場所で、江戸時代は天領だったという共通点があった。それで実際に日田市を訪れて、私たちをはじめとした仲間と出会い、日田市の林業の話を聞いていくうちに『何かしよう!』ということになったんです」と、発足のきっかけについて話すのは、当時を知る江副さん。
そうして「いま、森を見よ!」をスローガンに掲げ、筏(いかだ)を浮かべるヤブクグリ発足式を開催。その後、日田市の林業を盛り上げていくため、冊子の制作、イベントの企画など、活動をしていくうちに仲間が増えていきました。
食で日田の魅力を発信!
「日田きこりめし」の誕生
発足式から半年後、2013年2月には〈ヤブクグリ〉の代名詞ともいえる弁当「日田きこりめし」が誕生しました。
「かつて日田で山仕事をしていた、きこり達が食べたであろう素朴な弁当」がイメージだという『日田きこりめし』は、日田杉の丸太に見立てた大きなごぼうがインパクト大! 食べ方もユニークで、付属の日田杉のノコギリで、ごぼうを切りながら食べるのがポイントです。
「実はこの弁当、牧野さんが描いた1枚の絵から始まったんですよ。三隈川で筏に乗った発足式の日に、朝食が出ないホテルに泊まった牧野さんが空腹で日田市の食材を詰め込んだ弁当の絵を描いて。私たちに見せてくれて、実際につくろう! という話になったんです」
1枚の絵を形にし、「日田きこりめし」をつくったのは創業80年の老舗料理屋〈寶屋(たからや)〉を営む佐々木美徳さんと靖子さんご夫婦。美徳さんは「お弁当係」、靖子さんは「お見送り係」として〈ヤブクグリ〉を盛り上げています。
そんな日田市の魅力がたっぷり詰まった「日田きこりめし」は、さまざまな賞を受賞。デザインを評価する「グッドデザイン賞」や広告デザイン界の最高峰「ADC賞」、間伐材利用のアイデアを競う全国コンクールでの表彰など、多方面で評価されています。
合原さんいわく、「このお弁当は、おそらく日本初の体験型弁当。杉に見立てたごぼうを切ったり、日田市の食材を味わったりという体験を通して、楽しみながら食べることでひとりでも多くの人に日本の山や林業に関心を持ってもらえたら嬉しいです」と、「日田きこりめし」に込められた思いを語ってくれました。
その後、弁当第2弾として発売されたのが「三隈川かっぱめし」。日田市に伝わる「河童伝説」から着想を得た弁当として話題になったものの、人気の「日田きこりめし」の陰に隠れていまひとつ広まらなかったことから、2022年からリデザインを開始。2023年9月に「三隈川いかだすし」としてリニューアル発売されました。
林業の応援団!
人と森林の良い関係を目指して
世間にその名を知られ、会員も40人を超える大所帯となり、側から見ると順風満帆に見えた〈ヤブクグリ〉。しかし、当事者たちは「林業振興というものの、僕たちに何ができるのだろうかという思いがあった」という、江副さん。なんとなくの集会や活動が続いていたといいます。
「ほぼボランティアの任意団体で、多くの会員が林業とは別の仕事をしている。目的もふわっとしているので幽霊会員も増えていきました」
それでも、活動を続けてきた〈ヤブクグリ〉。2021年、翌年に10年目という節目の年に迎えるにあたり、改めて話し合いコンセプトをブラッシュアップ。「人と森の関係を問う団体」と改めました。江副さんいわく「現在は過去最高潮に士気が高まっている状態」だそうで、その理由について「”僕らなりの林業振興”をやろうという結論に至ったことが大きい」と話します。
「林業には長い歴史があり、すでにできあがった産業なんです。その中で問題や課題が生まれ、僕たちがそのお手伝いをできたらと思っていましたが、素人の僕らができることなんてほんの一握り。だから別の角度から、例えば発信やオリジナル商品を通して林業に関心をもってもらうとか、”僕らなりの林業振興”をやっていこうということになったんです」
そこで新たに誕生したのが、〈ヤブクグリ生活道具研究室(以下、ヤ生研)〉 。2021年秋に、日田杉を使って家具や工芸品などを製作販売するために発足しました。
この〈ヤ生研〉について詳しいのが、2023年9月に新会長に就任した合原さん。合原さんは江戸時代に端を発する「マルマタ林業」の3代目。山林管理に従事し、日々、森や林を見つめています。
そんな合原さんが〈ヤ生研〉に期待するのが、日田杉の活用です。
「日田市では古くから杉の栽培が盛んで、質にもすぐれていたため、幕府にも献上されていたほど。そのため植林が進んだものの、時代と共にプラスチック製品などの素材が安価で手に入るようになると日田杉の需要は低下しました。それでも一度植えると勢いよく育つ杉は増える一方で、日田杉の有効活用は、日田市にとって長年の課題のひとつ。〈ヤ生研〉で日田杉を使った商品をつくることで杉の有効活用につながることと、商品を通して日田杉を知ってもらえるという利点があります」
第1弾の商品となったのは、「日田杉おふろのフタ」。素材はチーム名にもなった杉の品種ヤブクグリの、さらに「赤太」と呼ばれる芯材のみを使用し、塗装もなしというこだわりぶりです。杉の豊かな香りを存分に楽しむことができるので、自宅のお風呂で温泉気分を味わえます。
すべて手仕事のため大量生産はできませんが、商品は続々と増えており少しずつ活動を知ってくれる人も増えたという〈ヤ生研〉。また、今後の展望については「商品に込められた思い、日田杉の背景など、ストーリーをうまく伝えてもらえる方々とお会いして、展開を拡大していきたい」と話す江副さん。今後は地域や企業とのコラボレーションなどにも力を入れていくといいます。
2024年には12年目を迎え、新たなフェーズに突入する〈ヤブクグリ〉。名前の由来となった、粘りと柔軟性を兼ね備える長寿命の杉・ヤブクグリのようにしなやかな発想で、次の10年、20年を目指して活動を続けていきます。
*価格はすべて税込です。
credit text:大西マリコ photo:黒川ひろみ