〈水処稀荘〉の外観
ニュース&コラム

天領日田で暮らすように泊まる。
大分の素材と匠の技が詰まった、
一棟貸しの宿〈水処稀荘〉

Posted 2024.02.19
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江戸時代に天領として栄えた大分県日田市。なかでも豆田町は経済や文化の中心地として栄え、現在も商家や土蔵などが多く残るなど、その歴史を色濃く感じさせる場所です。

そんな豆田町で、ひときわ目立つ真っ白な壁の建物が、今回ご紹介する〈水処稀荘(すいこまれそう)〉。ユニークな名前から「何のお店だろう?」と思いきや、実は空き家となっていた古民家を改装した「宿」なのです。

1日1組、1棟貸し切り。
まちの営みを感じながら旅を楽しむ

豆田町の商店街の景色
宿の2階から見える豆田町の商店街。夜はライトアップされてまた違った表情を見せてくれます。

“すいこまれそう”というユニークな名前は、オーナーの瀬戸口剛さんと、ディレクターの原茂樹さんの子ども時代の思い出の場所から命名。水郷・日田市で育った友人同士の2人の遊び場だった川のひとつに“エラ”と呼んでいた場所があり、そこは子どもたちにとって神聖な場所だったそうです。

〈水処稀荘〉の外観
もともとあった古民家が1棟貸しの宿〈水処稀荘〉に。情緒あふれるまちの風景に溶け込んでいます。
御幸橋からの豆田町の街並みと花月川の眺め
宿の目の前にある御幸橋からの眺め。橋の下には豆田町のシンボルである花月川が。

最大の特長は、「1日1組、1棟貸切」であること。その理由について、「まちの営みを感じながら、暮らすように泊まってほしかったから」と話すのは、宿のオーナーであり、企画から建築まで携わった職人の瀬戸口剛さん。

「旅行に行くと、ホテルや旅館の中だけで過ごして結局どこに行ったのか、わからない……みたいな経験したことありませんか? それってすごくもったいないなと思っていて。だから旅先でも家のように生活して、ここを拠点にまち歩きをしたり九州各地へ遊びに行ったりしてほしいと思ったんです」

〈水処稀荘〉オーナー・瀬戸口剛さん
〈水処稀荘〉オーナーの瀬戸口剛さん。職業「瀬戸口剛」と自称するほど多彩で、リノベーション設計施工、塗装工事、特殊左官、家具制作建築など何でもこなします。

宿のコンセプトは「和と洋」、「古いものと新しいもの」の2つのスタイルの融合。日田の素材を活かした和の様式と、ヨーロッパのアンティーク家具などの洋の様式をミックスさせ、特別な空間を演出しています。

暖簾に描かれた〈水処稀荘〉のロゴマーク
水の街である日田の川をイメージした〈水処稀荘〉のロゴマーク。「水」の旧字と、とどまらない川の流れを表現。エラの岩や、すいこまれそう岩など実在する岩の配置も踏襲している。

1階はキッチンや浴室を備えた生活スペース、2階にはリラックススペースと寝室を完備。長期滞在やリピーターが多いのが特長で、「まるで我が家のようにくつろげる」と2018年のオープン以来、ひっきりなしにお客さんが訪れているそうです。

そんなこだわりが詰まった〈水処稀荘〉の内部を早速紹介していきましょう。

キッチンとリビングのテーブルセット
1階にあるゆったりとしたリビング。温かみのあるツヤが美しいテーブルと、椅子は日田が誇る職人集団が在籍する家具製造メーカー〈日東木工〉による特注品です。素材はブラックチェリーを使用。
廊下の窓につけられたステンドグラス
かわいらしいステンドグラスは、イギリスのアンティークのもの。和風建築と相性がいいことがわかります。
木目がはっきりと浮かんだ日田杉を使った床板
床には日田杉を使用。あえて古く見せるため、長年踏み続けてできた節のような仕上がりを出すべく熱圧をかけているそう。「ぜひ、裸足で歩いて木の温もりを感じてほしい」という瀬戸口さん。
〈小鹿田焼〉の手洗い鉢
日田が誇る焼き物〈小鹿田焼〉でつくられた手洗い鉢。宿泊を通して日田らしさを体感できるはず。
〈水処稀荘〉の2階スペース。奥にはベッドが置かれた寝室
2階にあがるとローテーブルと座椅子にほっこり癒される床の間が。テーブルはデンマークのアンティークで、現在は伐採できない希少なローズウッドを使用。
小さな机と座椅子が置かれた「ムの間」と名付けられた和室
畳と土壁が心地よい和室「ムの間」はとても静かで、くつろぐだけでなく集中して作業したい時にも良さそう。畳は既製品ではなく、部屋に合わせて日田の畳職人が仕上げています。
日田の土と藁と川砂が使われた土壁
日田の土と藁と川砂が原料の土壁。模様のように見える濃い茶色のドットの正体は藁。日田の左官職人の原田進親方をはじめとした〈原田左研〉の職人たちが施工を手がける。確かな技術とこだわりの自然素材でつくり上げられた特別な空間に。原田親方の元で、その技術を学びに日本各地から集う全国の職人たちが、日々切磋琢磨しているという。
和室の小窓から見える豆田町の景色
和室の小窓からは、季節によってさまざまな景色が見渡せます。川のせせらぎ、鳥のさえずり、まちの人々のおしゃべりを旅のBGMに。
ベッドの寝具や壁が深い緑青色で統一された寝室
水郷・日田と宿の名前に共通する「水」を想像させるブルーを基調とした寝室。壁の深い緑青色は “エラ”の川の色をイメージしたという通称“水処稀荘ブルー”。手作業により、布を染色するように少しずつ染めていくことで自然なムラができるそう。光の当たり方や時間帯によって違った表情を見せてくれます。

居心地がよく、思わず「ただいま」と言いたくなる〈水処稀荘〉。そこには、「暮らすように泊まる」を実現するための工夫が随所に詰め込まれています。

日田が誇る野菜や小鹿田焼。
食と文化を通して濃くなる旅の輪郭

旅の醍醐味といえば、やはり食事。その土地の素材や料理を味わうことで、旅の記憶が鮮明に刻まれます。だからこそ、〈水処稀荘〉では宿泊する方には「地元での食事を楽しんでほしい」と瀬戸口さんはいいます。

「近所のスーパーで食材を買って1階のダイニングキッチンで料理をしたり、周辺の飲食店巡りを楽しんだりしてほしいですね」

食事付きコースにすれば宿から徒歩2分ほどの場所にある創作料理と蕎麦の店〈和食工房 新〉での食事が可能。夕食は季節のコース料理、朝食はお弁当が食べられます。

〈和食工房 新〉の外観
花月川沿いに建つ〈和食工房 新〉。もともと寺子屋だったという築150年を超える古民家は歴史的にも貴重な建物。
カウンター席とテーブル席がならぶ〈和食工房 新〉の店内
大きな梁や柱は当時のままに保ちつつ改装したという店内。あたたかみがあり、居心地のよさは抜群です。

店主の和田新市さんは、福岡でイタリアンのシェフとして活躍した後、湯布院の人気旅館〈山荘無量塔〉などで和洋折衷料理を学んだ凄腕。その実力は、2018年にミシュランのビブグルマンに選ばれたほどです。

地元農家さんがつくった野菜をふんだんに使ったコース料理や、店主こだわりの手打ち蕎麦、地酒に合う一品料理などが揃います。

肉料理やサラダなど〈水処稀荘 夜のコース料理〉の4品
蕎麦と一品料理、デザートがセットになった〈水処稀荘 夜のコース料理〉の一例。※内容は季節や仕入れなどによって変化します。
コースメニューの一品、手打ち蕎麦
和田さんが修行と研究を重ね、日々アップデートしているという手打ち蕎麦。地元の方いわく「新の蕎麦は食べる度においしくなっている」と太鼓判。
デザートとコーヒー
イタリアン出身の和田さんがつくるデザートは天下一品! 実は豆田町には和田さんが手がけるロールケーキ屋〈豆田ロール 粋〉も存在しており、遠方から足を運ぶ人もいるほどの人気ぶり。日田を代表する人気土産となっています。

自身も旅好きだという瀬戸口さん。旅先では地元の食事や交流を楽しんだり、反対に何もせずボーッと過ごしたりと、いずれもその場所に溶け込むように過ごすのが旅のスタイル。そうすることで、「観光スポットに行くだけでは味わえない旅の魅力と出合える」といいます。

「旅って、ただ泊まるだけでは分からないことがあると思うんです。その場所の人たちと同じように暮らすように泊まって、やっと知るまちの魅力ってあると思う。だから〈水処稀荘〉もそんな旅のスタイルを実現するための拠点にしてもらえるとうれしいです」

建築素材から職人まで、地元・日田産にこだわる瀬戸口さんが現在とくに力を入れているのが小鹿田焼を活かしたライトです。

宿に併設する事務所兼、インフォメーションカウンター〈bajio(バヒーオ)〉には、吊るすタイプのランプシェードや、持ち運びに便利なフロアライトなど、さまざまなタイプの小鹿田焼ライトが展示されています。

カフェ&バルのインテリアが随所に残る〈bajio(バヒーオ)〉の内観
もともとカフェ&バルとして地元の⼈と国内外から訪れた⼈たちが交流する拠点となっていた〈bajio〉。現在は通常営業は行なっておらず、瀬戸口さんが代表を務めるリノベーション、家具製作会社〈エラノワ〉の事務所兼ショールームと〈水処稀荘〉のインフォメーションカウンターとなっています。
小鹿田焼ランプシェード(大・素焼)
小鹿田焼の里で、川の流れを利用して陶土を粉砕する道具「唐臼」をイメージしたという照明器具「小鹿田焼ランプシェード(大・素焼)」。小鹿田焼の特徴的な技法のひとつ「とびかんな」で描かれたシンプルな帯状の模様は、どんな場所にもなじみます。
小鹿田焼ランプシェードの台座
ライトの台座には、唐臼の下にある粉砕された陶土や川の石をイメージ。小鹿田焼の残土を利用し、日田の左官職人と共に試行錯誤を繰り返してつくり上げたそう。
薪の焼け跡や自然の濃淡がある小鹿田焼ランプシェード
「小鹿田焼ランプシェード」29700円。貴重な小鹿田の土の素材感を存分に味わえる、素焼き。所々、薪の焼け跡や自然の濃淡があるのも味わい深いです。「コップや皿などにすると水漏れしてしまう素焼きを、器以外で形にできないか」と生まれた作品。

江戸時代から300年以上の歴史をもち、「世界一の民藝」と呼ばれている小鹿田焼。約9軒の窯元が一子相伝で技術を受け継ぎながら、今日まで伝統を守ってきました。〈bajio〉では、ライトのほかに小鹿田焼の器の取り扱いも。どれも現地で買い付けを行っています。

ゴブレットのような足と台座のついた小鹿田焼のぐい呑み3種
「小鹿田焼 ぐい呑み(箱付き)」各6000円。製作した小鹿田焼職人の坂本拓磨さんは、2015年に21歳で「日本民藝協会賞」を受賞。やわらかく温かみがあるデザインと使いやすさを兼ね備えた坂本さんの器は、日田の飲食店で多く使用されています。
浅型の小鹿田焼カップ2種
浅い形のものは珍しいという「小鹿田焼カップ」各3500円。左のトビガンナ模様の作品は黒木史人さんの作品。右は坂本創さんの作品で、“すこまれそうブルー”を目指してつくってもらったそう。そんなお願いができるのも友人の瀬戸口さんだからこそ。
「水処稀荘」と宿名がデザインされたキーホルダー
お土産に人気の「水処稀荘オリジナルキーホルダー」1000円。

「暮らすように泊まる」という新たな旅の提案をしている〈水処稀荘〉。まちに溶け込むように過ごす旅は、きっと特別な時間になるはずです。

Information
水処稀荘
address:大分県日田市豆田町14-­7
tel:090-5368-7007(受付時間:10:00〜20:00)
access:JR日田駅から徒歩約20分、福岡空港から車で約50分
料金:1日2食付きプラン(朝食・夕食)1名1泊 14850円〜
※宿泊人数は大人1名〜6名まで
web:水処稀荘
Instagram:@suikomareso

*価格はすべて税込です。

credit text:大西マリコ photo:黒川ひろみ

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