絵本『ほしじいたけ ほしばあたけ』の
作家・石川基子さん、
どうして乾しいたけを主役にしたのですか?
豊かな海や山に恵まれた大分県は、乾(ほし)しいたけ(干ししいたけ)の生産量も日本一。その乾しいたけをなんと、主人公にした絵本があるのをご存じですか?
2015年の第1作刊行から着々と版を重ね、現在までに5作を刊行中の人気シリーズとなった、石川基子さん作・絵による『ほしじいたけ ほしばあたけ』です。
「きのこむらのはずれ、ほだぎのさと」に住む乾しいたけの老夫婦、「ほしじいたけ(じさま)」と「ほしばあたけ(ばさま)」を主人公に、日向ぼっこが大好きで、逆に水分は苦手な彼らのほのぼのした日常を描く物語は、子どもから大人まで幅広い支持を集め、「シワシワ、カサカサこそがカワイイ!」という、新たな価値観(!?)すら広めつつあります。
その生みの親である石川さんは、『ほしじいたけ ほしばあたけ』の誕生について、「何気なく描いた落書き」が、そもそもの始まりだったと言います。
3人の息子さんを育てる傍ら、さまざまな絵画系コンテストの応募にハマり、そのときは「野菜」というお題について考えていたという石川さん。
里芋さんにジャガイモさん、その延長でエリンギさんも描いたり。しいたけさんって、意外と毛深いんだなあとか。
要するに、当時はきのこが菌類だってことも意識していなかったんですよね。きのこも野菜売場にフツウに売っているし、だったら野菜か、みたいな(笑)
その落書きをB2大のイラストにし、当時受講していた美術の通信教育〈KFS(講談社フェーマススクールズ)〉の学内アート・コンテストに応募したところ、晴れて優秀賞を受賞。
その時点では絵だけで完結するつもりだったんですけど、『あれはおもしろい!』とか、『絵本になるといいですね』と言ってくださる方もいて、「そうなのか⁉」と思ったものの、そのまま何年も放置。
数年後、三重県四日市市にある子どもの本専門店〈メリーゴーランド〉が主宰する〈絵本塾〉というワークショップに通うようになり、やっと『ほしじいたけ ほしばあたけ』の絵本のラフをつくり始めることに……。講師の方々の再三にわたるダメ出しのおかげもあり、どうにか絵本のかたちになりました。
実はこの乾しいたけの夫婦、タマゴタケやホウキタケやキヌガサタケといった村の仲間がピンチに陥ると“ある姿”に変身。
若干向こう見ずながら、誰かが困っていたら助けずにはいられない「じさま」の勇気ややさしさ、そしてかつては「怪力おたけ」の異名をとった「ばさま」のスキルの高さや深い愛も、物語をしっかりと支えます。
乾しいたけって水で戻すとプルンプルンで若返ったみたいだな、乾いているときはシワシワでおじいさんみたいなのに……、というのが元々のアイデアでした。
ただ、そこからスムーズにお話ができたわけでは全然なく……。「せっかく“変身”して強くなるなら、元の姿に戻らなくてもよいではないか?」と絵本塾の講師に突っ込まれました。
それでラフが行き詰まってしまい、悩んでいたら、ある塾生仲間が言ったんです。「だったらその変身後の『ほしじいたけ』を、“ヘタレ”にしてしまえばええやん」って。
確かに、乾しいたけは乾燥したままだと長持ちするけど、水に戻すと傷みやすい。だったら、3分間とは言わないまでも、短時間しか力が持続しない設定にしたらおもしろそうだなと、昭和のウルトラマン世代でもある私は思ったわけです(笑)
そう。カサカサにもプルンプルンにもそれぞれ長所と短所があり、どちらかだけがいいとは言い切れないところも、実はこのシリーズの魅力のひとつです。
第2作『じめじめ谷でききいっぱつ』に登場する超巨大ナメクジや、第3作『カエンタケにごようじん』のカエンタケ。第5作『おにたいじはいちだいじ?』のオニタケやオニイグチといったきのこたちも、一見コワモテの悪者に見えて、実は彼らにも事情や生活があり、善悪やあらゆる価値が本作では相対的です。
もちろん書き手としては、悪者を出すほうが楽なんですよ。でもそれって物語としてはもう古いのかなあって。皆さんは、どう思われます?
私たちが子どもの頃は、とりあえず善玉が悪玉をとっちめて終わりでよかった。でも巨大ナメクジだって、自分が生きるためにきのこを食べようとしたわけですし。
これは私も最初は知らなかったんですが、きのこの中にはそうやって動物や昆虫に食べられることによって胞子を撒いてもらうものもいます。
とくにトリュフなど地下生菌と呼ばれるきのこは、イノシシや豚を匂いで誘って地面をほじくって食べてもらい、糞を介して胞子を運んでもらって初めて、仲間を増やすことができるそうです。
つまりナメクジは、きのこの種類によっては捕食者という敵であると同時に、子孫繁栄に大事な役割を担う仲間でもあって、善玉とか悪玉とか、自然ってそんなに単純じゃないのかもなあって。
自然豊かな場所に住んでいるわけでもなく、この絵本を描き始める前は、別段きのこに興味や関心があったわけではなかったという石川さん。必要に迫られて調べたり、野山で探したり、栽培キットで育てたりするうちにじわじわときのこの魅力に引き込まれていきました。
たとえばキツネノタイマツという、タマゴタケみたいにパンツを履いてるタイプのきのこの卵(幼菌)を近所の公園で拾ってきて、土に植えておくだけで、新鮮なきのこがニョキニョキ生えてきたり。あ、もちろん食べられませんけど。
あとは図鑑を調べたり、きのこの観察会に行ったりして学んだバラエティあふれる特性を、キャラクターや物語にも反映させていきました。
たとえば第5作の、キクラゲは木登りが得意だがシロオニタケやオニイグチは苦手というエピソードもそう。キクラゲは腐生菌(ふせいきん:落ち葉や倒木、切り株など枯れた植物から栄養を摂るきのこ)なので樹上に生息し、一方のシロオニタケやオニイグチは菌根菌(きんこんきん:植物の根に共生するきのこ)で地上に生えることにちなんだ設定だったと言います。
まあ、誰も気づいてくれないくらい細かい設定なんですけどね(笑)。
「じさま」たちが人間のようにお弁当を食べるとか運動会があるとか、ストーリー展開がしやすい設定にしておけばよかった……と後悔することもあります。続編のアイデアに詰まったりすると特に。
でも、そうしてしまうと、それぞれのきのこの特性にちなんだ設定が生きない気もするし、もちろん擬人化はしているんですけど、彼らにはわりとリアルな感じで、きのこらし~く生活してほしくって(笑)
そうしたことを、生物多様性や持続可能性といった言葉をいっさい使わず、誰もがドキドキ、ワクワクし、おもしろがれる物語に、石川さんは仕立てていきます。
だってきのこは、カワイイですから! しかもかわいいだけじゃなく、彼らの存在は山や森を守るうえでも欠かせないらしいんです。
たとえば、しいたけの原木栽培ではコナラやクヌギを山から切り出し、菌を植える榾木(ほたぎ)とします。こうした原木栽培や炭焼きのための伐採によって、森は再生を繰り返してきました。
カエンタケを描くにあたって、いろいろと調べてみると、カエンタケはナラ枯れの森に発生するらしい。ナラ枯れというのは、カシノナガキクイムシという害虫が媒介するナラ菌によって、ナラやシイといった木が枯れてしまうことです。
近年その被害が広がってきたのは、カシノナガキクイムシが繁殖しやすい大木が増えたことが原因だと知りました。以前は木を伐採して利用し森を再生していたのが、最近は木材も木炭も利用機会そのものが減り、育ちすぎた木が増えているというのです。
コナラやクヌギを大木になる前に切り出して榾木とする、しいたけの原木栽培は、自然や生態系を守るうえで大事な役割を果たしているんだなとか、私もこの絵本の制作を通じていろいろと勉強させてもらっています。
そんな石川さんのもとには刊行後、「保育園で実際にしいたけを育て、乾しいたけをつくりました」「給食室の前に、戻す前と後の乾しいたけとこの絵本を置いて、食育に使っています」など、予想もしなかった反響が寄せられていると言います。
子育て中のおかあさんやおとうさんは忙しくて乾物全般に馴染みがなく、乾しいたけを知らない子も多いとか。そんなふうに活用してもらえて、本当にうれしいなと思います。
「子どもと一緒に戻してみた」とか、「ほしじいたけみたいに水で戻したり、また乾かしたりを繰り返していたらカビが生えてしまった」とか、絵本ってそういう使い方もあるのかと、私が一番ビックリしました(笑)。
元々、乾しいたけをはじめ、きのこを使った料理は大好きという石川さん。
今では近所の公園や森に出かけるたびにきのこの姿を探し、「あ、レア菌がいた!」「今日は全然いないねえ」などと、一喜一憂してしまうそうです。
愛知県生まれ。京都教育大学教育学部特修美術科卒業。〈子どもの本専門店 メリーゴーランド〉の絵本塾で絵本づくりを学び、第12回ピンポイント絵本コンペ最優秀賞受賞、第35回講談社絵本新人賞佳作受賞。第36回講談社絵本新人賞受賞。2015年『ほしじいたけ ほしばあたけ』(講談社)でデビュー。これまでにシリーズ5作のほか『ほしじいたけ ほしばあたけ シールえほん』『なんと!ようひんてん』(講談社)を刊行。絵本作家の傍ら、造形教室講師として、子どもたちに一緒に遊んでもらっているという。Web:ほしじいたけ ほしばあたけ
credit text:橋本紀子 photo:中島慶子、講談社(絵本中面)
これが、初めてネタ帳に現れた瞬間の彼らです。乾しいたけのことを「ホシジイタケ」って、「干しざかな」みたいに濁点を付けて呼ぶ人もいるよな。ジイタケがいるならバアタケも、と思って、姿形とネーミングがほぼ同時に浮かびました。
私が考えたというより、彼らのほうからやって来た感じです。