国東だけで育つ「七島藺」の鍋敷き。
七島藺工芸作家・岩切千佳さん
懐かしい香り、素朴な風合い。日本で唯一の手仕事です
青々した鍋敷きを手にとって顔を近づけてみたら、懐かしい畳の香りがふわーっと立ちのぼった。そうそう、ちょっと青くさくてやさしいこの香り! ざらっとした素朴な手触りも、いつかどこかで感じた温かな時間を思い起こさせる。ふだん、和室で過ごす機会は減ってしまっているけれど、畳ってやっぱりいいなあ。
今回訪ねたのは大分県の国東(くにさき)半島。国東の特産品「七島藺」を使い、鍋敷きや円座などの工芸品をつくっている岩切千佳さんの工房です。
「“しちとうい”と読みます。畳の材料になるカヤツリグサ科の植物ですね。耳なじみのない名前かもしれませんが、たとえば縁のない“琉球畳”はご存じですか? あの琉球畳はもともと、七島藺でつくった畳のことを指したんですよ」
約360年前から、琉球(沖縄)や鹿児島のトカラ列島で栽培されていた七島藺。やがて、大分をはじめとする全国に伝わって、その強さや美しさから庶民の住居や柔道の畳に使われるようになりました。生産は昭和30年代にピークを迎えましたが、次第につくり手は減少。いまでは国東だけ、それもわずか7軒の農家だけでつくられています。
「七島藺を栽培する農家さんが、畳表を織るところまで手がけているんです。ところが、七島藺は密集して生えるため機械化ができない。いまも手植え・手刈りが基本です」
畳の材料といえばイグサが有名ですが、イグサの断面が丸いのに対して、七島藺の断面は三角形。中に繊維が詰まっていて、外側のカワもかたくて強いのが特徴です。耐久性はイグサの5~6倍とも言われているとか!
「ただし断面が三角形なので、そのままでは編んだり織ったりできません。一本一本の茎を縦に裂く作業が必要で、しかも、乾燥させた七島藺は太さも長さもバラバラ。農家さんが、畳表にふさわしいものを1本ずつ手で選別しています」
岩切さんは、その選別の過程ではじかれた七島藺を使って、工芸品をつくっているのです。
「手間をかけて育てた七島藺でも、畳表用に選ばれず落ちてしまうものもある。それを新しい形に変えるのが私の仕事です。昔からつくられてきた円座やラグだけでなく、キッチンや食卓など、身近な場所で使えるものをつくるのがとても楽しい。アクセサリーやオブジェ、それから、お正月飾りもつくっています。若い人や工芸になじみのない人にも、七島藺の魅力を知ってほしいから」
そんな岩切さんに聞いてみた。七島藺の魅力って何ですか?
「魅力のひとつは、使って時間が経つほどに、どんどんツヤが出て飴色に変わっていくこと。七島藺の色や風合いが変化して育っていく様子を、使う人それぞれの暮らしのなかで楽しんでほしいなあって思うんです。だから、“つくりたて”を渡したい。そう考えて、いまは受注生産を中心に販売しています」