柿渋で引き染めした布が天井に吊るされている
連載|日常を楽しくする、大分の手仕事

植物と別府の温泉で染める
「温泉染」で文化をつくりたい!
〈温泉染研究所〉行橋智彦さん | Page 3

Posted 2025.01.24
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温泉染で、温泉の多様性や
別府のおもしろさを伝えたい

別府の温泉の多様性は、温泉染の最大の武器にもなっています。

「温泉染のユニークなところは、別府の温泉という、めちゃくちゃ広いパレットを使っていること。そのひとつひとつの差が多様であることを、色で可視化できる。多様な資源を持っている土地のおもしろさも伝えられるんじゃないかと思っています」

これまで、研究成果を発表したり展示したりすることはあったものの、「温泉染を商品化する」ことには力を入れてこなかったという行橋さん。彼の膨大な研究成果と、染めた糸、染めた布の量に対し、プロダクトとして販売しているものはごくわずかでした。

最近になり、「温泉の多様性を色で可視化できる」ことをかたちにした商品がいくつか生まれています。そのひとつが〈旅するTenugui〉。

温泉と柿渋で型染めした手拭
〈旅するTenugui〉2200円(別府市のセレクトショップ〈SELECT BEPPU〉でのみ販売)。柿渋で型染めした手拭いはお土産にもぴったり。

手ぬぐいは、行橋さん自身がとても惹かれている天然染料「柿渋」を使って型染めしたもの。

ボウルに入った渋柿でつくられた染料
渋柿でつくる天然染料の「柿渋」。抗菌作用や防水作用もある、古くから親しまれている染料ですが、「温泉染ととても相性がいいんですよ」と、行橋さん。

柿渋は天然染料であるからこそ、使い方によっては色が変わってしまう不安定さも併せ持っています。そんな不安定さも「おもしろい」と感じている行橋さんは、手ぬぐいそのものを商品にするのではなく、別府の温泉と合わせると変化することを楽しむプロダクトとして発信しています。

竹ひごを渡して布をピンと張る作業中
温泉染の実験には、引き染めの技法を使うことも。竹ひごを使って布をピンと張り、裏返して染めていきます。
竹ひごで張られた布に刷毛で柿渋染料を塗っている
柿渋で染めた布は、その後温泉によって色が変化しますが、「人間と一緒で、(時間が経つにつれ)温泉の効果は薄れていくんですよ。僕はそれを“湯冷め”って呼んでるんですけどね(笑)」
刷毛で染料を布に引く「引き染め」が終わった布

旅するTenuguiは、いろいろな温泉に連れて行ってその変化を楽しむのもいいのですが、家でもその“変化”を楽しめるようにと、別府ならではの入浴剤、湯の花も付属。家でも変化の過程を楽しむことができます。

「湯の花を溶かした水にこの柿渋の手ぬぐいをつけると、ばっ!と色が変わる。本当に一瞬で結構変わるんですよ」

湯の花を水に溶かしている
不織布の中に入った湯の花を、水に入れてよく溶かしてから使います。入浴用のものよりかなり高い濃度になる量が入っているので、染めたあとは、湯の花の成分を水でよく洗い流しましょう。
ボウルの中で乾燥したままの布を染めている
染め物をするときは、あらかじめ布を水で濡らしてから染めるのが基本とされていますが、「乾燥したままの状態で染めると、ムラになったりして、それもおもしろいんですよ」

柿渋と湯の花で染めた靴下も販売中。柿渋には抗菌作用もあるため「靴下と相性がいい」と、商品化したそう。柿渋は日光にもよく反応するため、「太陽染め」とも呼ばれています。

ランダムな柄に仕上がった靴下
〈柿渋と湯の花で染めた靴下〉2200円。白い靴下をランダムに糸で縛り柿渋で染め、その後、湯の花に浸けて完成させた靴下。柿渋と湯の花の反応で生まれる微妙な色合いや、ひとつとして同じものがないランダムな柄も魅力的です。
柿渋染め、温泉染の材料がセットになったキット
布や柿渋、湯の花など、染めるための素材がすべて揃った〈おうちで天然染色キット〉3000円(SELECT BEPPUなどで購入可能)。柿渋は何度も使えるので、手持ちのTシャツや靴下の染め直しに使うのもおすすめ。

「文化をつくりたい」と別府に住まい、温泉の魅力や可能性をあらためて実感しながら研究に没頭する日々ですが、「文化って何だろう」と考えることも。

「答えは出ませんが、“子どもたちに知ってほしい”っていう思いは芽生えているんです。別府で生まれた子どもたちが、自分が育ったまちを“ここってすごいよな!”と思えるものをたくさん用意するのは、大人の使命だと思っています」

小学校や子ども向けのワークショップも積極的に行い、温泉染の不思議と魅力を伝えています。

カメラに向かって笑顔を向ける行橋さん
たくさんの研究成果に囲まれた行橋さん。「同じ温泉だって、毎日同じお湯とは限らない。そんな部分も含めて、不確実性を享受するおもしろさもある。自然の恵みの受け取り方を楽しむというか、“浸かるだけじゃない温泉”を提案できたらいいなと」

これからも、温泉のサイクルである「50年」という数字を意識しながら、作品をつくりたいという行橋さん。

「そろそろ何かひとつ、“温泉染めとは”みたいなことがぐっと伝えられる、アイコニックなものをつくれたらと思っています」

探究と研究を続けながら深めていく温泉染の文化、その成果としての商品や作品の発表にも、期待が高まります。

行橋智彦さん
Profile 行橋智彦

1988年東京都生まれ。服飾の専門学校などを経て、舞台や映画の衣裳制作に携わる。2013年から、〈旅する服屋さんメイドイン〉として、足踏みミシンを携えて全国各地を渡り歩く。そのなかで、土地のものを使って染色を開始。2015年に開催された芸術祭〈混浴温泉世界〉で別府での滞在制作を経験し、翌年、別府に移住。天然の植物と温泉を使った「温泉染」や、別府産ミョウバンなどの研究に勤しむ。Web|温泉染研究所

*価格はすべて税込です。

credit text:河野恵 photo:ただ(ゆかい)

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