
杵築市山香の暮らしを感じる古民家宿
〈yamakaoru〉〈matai〉
野口奈々絵さん&泰秀さん | Page 2
旅が導いた山香移住と古民家リノベ
もともと東京で暮らしていた奈々絵さんと泰秀さん。ふたりが山香町で暮らすようになったきっかけは、泰秀さんが2018年に始めたバイクの旅でした。
「6年間勤めた不動産会社を退職して、当初は海外にでも行こうと考えていました。けれど、ふと『そういえば日本のことをあまり知らないな……』と思ったんです。ちょうど実家に親父の〈スーパーカブ〉があって、昔からキャンプも好きでしたし、じゃあこれに乗って日本を見て回ろうと思って旅を始めました」(泰秀さん)

各地を転々とするなか、友人の勧めで立ち寄った山香町で地元の人々と意気投合。いったん旅を続けて沖縄へ向かったものの、帰路でふたたび山香へ。
地域のイベントを手伝いながら数週間を過ごすうち、この土地の穏やかさと人の温かさにすっかり魅了され、山香が大好きになったと言います。

やがてその体験は、奈々絵さんにも広がっていきます。
泰秀さんから「ここは人との距離感が心地いい」と聞かされ、奈々絵さんも旅行で山香を訪れました。そこで地元の人々の「ないものはつくる、あるものは直す」という暮らし方を目の当たりにし、そのたくましさと美しさに胸を打たれたと言います。
「地元の方たちと一緒にお昼を食べたとき、その家の庭にあった柿の葉をちぎって、その場で衣をつけて天ぷらにしていたんです。暮らしの知識をさらりと実行できる一連の流れが、私にはハッとするほど衝撃的で心に刺さったのを覚えています」

その後、奈々絵さんは2018年10月には地域おこし協力隊に応募、翌年1月から地域おこし協力隊として、杵築市の移住定住係に着任しました。
一方の泰秀さんは旅を終えると、長野県諏訪市の〈リビルディングセンタージャパン〉で1年間修業を積み、現在の大工の仕事へとつながっていきます。

ひと足先に現地での生活をスタートさせた奈々絵さん、次はふたりで暮らせる家探しが始まりました。
「いつかはこの土地で宿をやってみたい」。そんな思いを胸に、奈々絵さんは毎週末、軽トラックで集落を巡りました。ふたりで定めた家探しの条件――静けさ、屋根の堅牢(けんろう)性、広さ――にかなう空き家を探し続け、ようやく出合ったのが、築約150年、空き家歴25年のこの古民家でした。

さぁ、ここからはリノベーションの日々のはじまりです。
毎週末、市内のアパートから古民家へ通い、約1年間改修を続けました。暮らせる状態になったところで、住みながら直す段階へ。そこからさらに約2年半をかけて、衣食住の土台が整った家へと仕上げていきました。
最大の難所は浴室。「給水・排水・防水・左官・電気、全部が交差する場所でした」と奈々絵さん。ときには夜中に天井の漆喰が落ちるという失敗もありましたが、自分たちの家だからこそ実験ができる。失敗はすべて次の一手の糧になったと笑います。

奈々絵さんが一番気に入っている土間のキッチンは、畑から戻っても気兼ねなく使える利点がある一方、冬の底冷えや掃除の手間が難点。それでも「知らなかったから踏み出せたし、いまはこのキッチンが好き」と言い切れるのは、火のある時間や、季節のリズムがもたらす心地よさを知ったからにほかなりません。

こうして試行錯誤を重ねながら少しずつ改修を進めた家は、ゲストを受け入れられるまでに整い、1日ひと組限定の民泊、yamakaoruとして歩み始めました。
