
国東半島で植物と暮らす。
プロダクトブランド〈SUIGEN〉と
カフェ〈百種〉を営むアントン沙莉さん
病を乗り越えてたどり着いた
「植物と生きる道」
国東(くにさき)半島の西部に位置する豊後高田市。市の中心地から都甲川(とごうがわ)に沿って東へ車で15分ほど走ると、のどかな田園風景が広がる新城エリアに到着します。
周囲に目立った商業施設もなく、静かで牧歌的な雰囲気が漂うこの場所に、1軒のカフェ〈百種(ももくさ)〉があります。もともと製材所の倉庫だった建物の2階をリノベーションしてつくられたこのカフェは、鮮やかなグリーンの壁がのぞく全面ガラス張りの入口が目印です。

「正直、最初は地元以外の方が多く来られると思っていたんですが、意外にも地元のリピーターが多いんです。80代のおばあちゃんが何度もここまで上がってきてくださるんですよ。本当にありがたいことですよね」
そう笑顔で話してくれるのは、オーナーのアントン沙莉さんです。

2019年に沖縄で、その土地に根ざした植物を使ったプロダクトブランド〈SUIGEN〉を立ち上げたあと、豊後高田市に拠点を移し、2023年にショップ兼カフェをオープン。いまでは地域の人々にとって、暮らしに溶け込む身近な存在となっています。
子どもの頃から日本各地を転々としていたと語る沙莉さん。この場所でカフェをスタートさせるに至るまでにはどんなストーリーがあったのでしょうか?

幼少期、出張の多かった父親の「住むところくらいは好きな場所に」という希望もあって、家族は自然豊かな土地を求め、北は北海道から南は西表島まで、幾度となく引っ越しを繰り返しました。
「僻地のような場所に暮らしていたので、周りに人はほとんどいませんでしたが、自然はいつも身近にありました。兄弟と遊ぶときは、まるで動物のように自然のなかを駆け回って過ごしていましたね」


そんな沙莉さんに大きな転機が訪れたのは15歳の頃。
もともと喘息持ちでアトピー体質の沙莉さんでしたが、ある日突然、原因不明の重度のアレルギー症状を発症。顔は目も開けられないほどに腫れ上がり、皮膚はただれて常に痛みを伴う状態が続き、しばらく自宅で療養生活を送ることになったそうです。
少しでも症状が和らげばと、母親の勧めで食事療法や民間療法などをいくつか試してはみましたが、一向に症状は治まらず、いつしか自分の体のことは自分に聞きながら治していくしかないと思うようになりました。
「いろいろと模索するなかで、自分自身の症状を和らげてくれると感じたのは、花や植物と触れ合っている時間でした。植物の生きた心地(エネルギー)が自分と共鳴して、体も心もすごく楽になる感覚があったんです」

その後、なるべく体に負担の少ない環境を求めて沖縄本島北部のやんばるへ移住。豊かな自然のなかで暮らすうちに「生活のなかで植物をいつでも身近に感じられるものをつくりたい」という思いが芽生え、独学で蒸留技術を習得したのち、自身のブランドであるSUIGENを立ち上げました。

「ブランド名には、自分が大切にしたいものを込めようと決めていました。暮らしていたやんばるは“水瓶(みずがめ)”と呼ばれるほど水が豊かな土地で、そのイメージを重ねてこの名前にしたんです」

「私にとって一番身近で、一番好きで、ずっとつき合っていけると感じていたのは植物でした。自分にとってすごく大切で必要な存在だから、きっと同じように植物を必要としている人もいるはずだと思って、瓶の中に自然を詰め込んだ『Forest to Bottle』のようなプロダクトをつくりたいなと」
