カフェ〈百種〉の入口の扉
連載|あの人に会いたい!

国東半島で植物と暮らす。
プロダクトブランド〈SUIGEN〉と
カフェ〈百種〉を営むアントン沙莉さん | Page 2

Posted 2025.09.26
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田園に囲まれた製材所をカフェへ

沙莉さんの現在の住まいは、百種から車で約5分の場所にあります。もともとは近くの神社の神官が住んでいた家で、沖縄に移住する前から夫婦で借りて暮らしていました。その後、沖縄に移ってからもこの家は手放さず、2拠点生活を続けていたそうです。

2019年頃には、夫の母国であるアメリカへ家族で移住する計画もあったそうですが、その矢先に世界的なコロナの流行が起こり、計画は中止に。さらに、メインの拠点としていた沖縄でも感染が拡大していったため、豊後高田のこの家に腰を据えて暮らすことを決めたといいます。

「新しい場所を探すのではなく、せっかくならいまあるこの家を直して住もうと思って。そこから約2年をかけて、自分で修理を進めていきました。我ながらすっごくがんばったと思います(笑)」

沙莉さんと家族が暮らす家の外観
沙莉さんと家族が暮らす家は、外観こそ古民家の趣を残していますが、一歩中に入ると、板の間を生かしたモダンな空間が広がっています。左側のガラス戸の奥が沙莉さんのアトリエ兼作業場。

ちょうどこの地域で内装業を営んでいた兄にあれこれ教わりながら、家の修理をスタートさせた沙莉さん。

「田舎では、やるしかないという状況から無理やり始めて、気づけばできるようになっていくんです。クオリティや好みは人それぞれですが、最終的にはみんな自分でやっています。選択肢がないからこそ、人は強くなれるんだなと。結局、自分でやるしかないんですよね」

畑でレモングラスを収穫中
レモングラスは自宅近くの畑で収穫。
刈り取ったレモングラスを選別している
刈り取ったばかりのレモングラスをアトリエでひと束ずつ選別する沙莉さん。その手仕事の積み重ねが、香り豊かなプロダクトを生み出しています。
ひょうたんのような形の銅製の蒸留器
沙莉さんが使用している銅製の蒸留器。

なんとか家の修理を終えた頃、沙莉さんの心に芽生えたのは「SUIGENを必要とする人に届けたい」という思いでした。兄の事務所に隣接する元製材所の2階に空きスペースがあると知り、そこを新たな拠点に選びます。できれば遠方からも人が足を運んでくれるようにと、カフェを併設した拠点を立ち上げる決意をしました。

そこからは再び、改装の日々が始まりました。兄の力も借りつつ、荒れた空間に資材を運び込み、理想の姿を思い描きながらひとつひとつ、かたちにしていったといいます。そうして完成した百種は、天井が高く、随所に植物が生い茂る開放的な空間へと生まれ変わりました。

天井が高く開放的な百種の店内
百種の店内。入口近くにSUIGENのプロダクトコーナーがあり、植物の蒸留水を使った芳香ミストやハーブティー、植物染めのポーチなどが並んでいます。
店内に植えられた植物
店内には月桃をはじめとする植物たちが植えられています。「この植物たちも私にとっては大切なスタッフの一員なんです」と沙莉さん。

窓の外には、四季ごとに表情を変える新城エリアの田園風景が広がります。春は山肌を彩る野の花、夏は青々と茂る木々と青田、秋は黄金色の稲穂、冬は澄んだ空気。その移ろいは訪れる人の目を楽しませ、心を和ませてくれます。

窓の先に水田が広がっている
カフェの窓からの眺め。

そんなすばらしい場所へと仕上がったカフェですが、地域の人たちの反応はどうだったのでしょうか。

「ここをオープンした当初は、周囲の人たちに嫌がられるんじゃないかと心配していたんです。ところが意外にも、とっても喜んでくれて。時代が変わったのだなと実感しました(笑)。自分たちの誇りである田園風景を、この少し高い場所から眺められること。そして、遠くから訪れた人たちがその景色を楽しんでいる姿を見ることが、地元の人にとっても、うれしかったみたいです」

取材中に笑顔を見せる沙莉さん
かつて日本各地を転々としてきた沙莉さんの家族も、いまは大分県に腰を落ち着けています。両親や兄もそれぞれの拠点を持ち、互いに支え合いながら、ちょうどいい距離感で暮らしているのです。

地域の人たちに喜ばれ、カフェは少しずつ交流の輪を広げていきました。訪れる人々や地域の温もりに触れるなかで、各地を転々として育った沙莉さんにとって、この地はいつしか心安らぐふるさとのように感じられるようになりました。

店名の「百種」と営業時間が、入口のガラス扉に書かれている

収穫かごに入ったたくさんの日本ハッカ
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