主屋の欄間額として飾られた「遠図(えんと)」と書かれた書
連載|おおいた食手帖

水郷日田の水と米で醸す〈井上酒造〉。
県内初の女性蔵元杜氏が極める、
革新的な酒づくり | Page 2

Posted 2023.12.28
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「遠図」を胸に、
変えないことで歴史を残す

200年以上続く〈井上酒造〉の歴史は、同時に井上家の歴史でもあります。井上家は、大正から昭和にわたって日本銀行総裁および大蔵大臣を歴任し、日本経済発展に貢献した井上準之助の生家でもあり、遺品資料展示館〈清渓文庫〉を併設しています。

〈清渓文庫〉の看板が掲げられた主屋の外観
主屋、煙突、清酒蔵は、2016年に国の登録有形文化財に登録されました。
〈清渓文庫〉の資料展示の様子
主屋内に設立された〈清渓文庫〉。直筆の書簡や肉声テープなど貴重な遺品や資料の数々が揃っています(入館料:大人300円)。

先祖代々、井上家が大切にしているのは「変えないこと」だという井上さん。

屏風や掛け軸に書がしたためられている
井上家から伝わってくるのは、まるで準之助がついさっきまでいたかのような温かみ。

「この壺は右側に置く、この椅子はこの角度……というようにすべて位置や向きが決まっています。小さい頃、母にその理由を訪ねたことがありますが『60年前からずっとそうよ』と。遺品は一度壊れたり汚したりすると二度と取り返しがつかないですからね。動かさない、買い足さないというポリシーは脈々と受け継がれています」

主屋の廊下
角火鉢で火にかけられた鉄土瓶
「どこか温かみがあるのは、私たちが住みながら歴史を残そうとしているからだと思います。準之助が最後に見た風景をそのまま残して、歴史を後世につないでいきたいんです」と井上さん。

先祖代々守り抜き、井上家が最も大切にしているというのが「遠図(えんと)」の書。

欄間額として飾られた「遠図」の書
「長期的展望をもつ」という意味をもち、準之助が金解禁を断行した日の朝に書いた遠図の書。生涯にわたってこの言葉を大事に使い続けたそうです。

「小さい頃から井上家にとって最も大事なものだと教わってきました。だからなのか、家業を継ぐ決心をして30年ぶりに故郷に帰ってきたとき、この場所に立ちたくなりました。蔵元は酒をつくるだけでなく、地域のよりどころとしても地域に根づき、先祖代々受け継がれてきた歴史を守っていきたい。人生も経営も、“遠図”だなとしみじみ感じます」

すでに8代目を継ぐことが決まっている娘の華子さんにも、その大切さについて伝えたという井上さん。「遠図」に込められたように、酒づくりと井上家、どちらも遠く未来を見据えて、これからも伝統と歴史を守り続けていきます。

Information
株式会社井上酒造
address:大分県日田市大字大肥2220-1
tel:0973-28-2211
web:井上酒造

*価格はすべて税込です。

credit text:大西マリコ photo:黒川ひろみ

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