
“旅の予定を狂わせる店”。
大分市〈カモシカ書店〉岩尾晋作さん | Page 2
地元で開業して早10年。
まちの本屋さんの役割ってなんだろう?

「この何年か、特に新しい活動をしているわけでもなく、愚直に真面目に本屋をやっているだけです」と、岩尾さんははにかむけれど、まちの本屋として、地域の文化拠点として、地元活性化に貢献し続けて早10年。イベントやプロジェクトなどに数多く関わってきたからこそ、見えてきたものがあると言います。

「ありがたいことに、いろいろな方たちとのご縁があって、さまざまなプロジェクトに関わらせていただき、すごく勉強になりました。
県外から著名人やアーティストを呼んで単発のイベントを打ち、一見かっこいいことはできます。けれど、わちゃわちゃと一過性のことをするのってちょっと違うかな、と思うようになっていったんです。自分のお店へのこだわりと言いますか、もっと日常で勝負したいな、と」

まちの書店としてのあり方をあらためて見つめ直すなかで、岩尾さんの脳裏には、あるまちの風景が何度も思い浮かんだと言います。
「自分のなかには、かつて東京で暮らしていた西荻窪の記憶がすごく残っているんです。あのエリアにはチェーン店が少なくて、古くても良い個人商店がたくさん残っていて、まち歩きがすごく楽しいんです。そこに、西荻というまちのオリジナリティがある。
フランスのアヴィニョンもニースも、湯布院も、僕が好きなまちにはそういう共通点があり、“自分が住みたいまち”にすることが本来のまちづくりだと思うんですよね。10年前、希望たっぷりでこのまちに帰ってきた頃の僕が目指していたのは、そういうまちの姿。でも残念ながら、気づけば僕自身もこのまちの人たちも、全然まち歩きしてないんですよね」

交流する場があるからまちの中を人々が回遊し、そこにしかないモノや時間があるから、書店に人が憩う。岩尾さんが言う「自分の店へのこだわり」とは、そうことなのかもしれません。
そしてブレずにあり続けているもうひとつの軸が、“古書店”としての信念です。最近は、古書店の仕事に立ち返り、その興味は売ることから買うことにシフトしつつあるそうです。

昔からレアな古書には目がなく、20世紀の美術関連書籍や日本の近代文学を蒐集(しゅうしゅう)していた岩尾さん。そのなかのひとりに、モダニズム詩人の代表的人物、北園克衛がいます。彼の詩書や詩歌を集めているなかでめぐり会ったのが、内堀弘 著『ボン書店の幻』でした。
