〈タオ・オーガニック・キッチン〉
豊後大野からおいしいオーガニック
食品を届ける、米澤陽子さん | Page 2
「働かない」暮らしから始まったオーガニックへの道
陽子さんは金沢生まれの福井育ち。大学進学以降は11年ほど神戸で暮らしていたそうです。しかし、少しずつその生活に違和感を感じ始め、それならばと思い切って世界一周の旅へ。約1年の長旅を終えて帰国するも、住んでいた場所には自分の居場所がないような気がして、田舎への移住を考えたそうです。
当初は住み慣れた関西周辺の田舎を中心に探していましたが、あるときたまたま出会った大分県出身の男性に誘われ、生まれて初めて九州を訪れます。陽子さんは、そこで目にした自然の豊かさにとても感動したと当時を振り返ります。
「生命の濃さを感じて、ここはすごいところだなって思いました」
その後、その男性と結婚し、白山川のある豊後大野へ夫婦で移住することに。
しかし、30年前といえば、「Iターン」という言葉も「田舎暮らしを求めて移住」なんて発想もほぼなかった時代。土地になじむまでにはそれなりの苦労があったと語ります。
「当時、夫と私は腰まで髪があったんです。波野村(熊本)では某宗教団体の集団生活が問題になっている時期だったということもあって、ここの地元の人たちも最初は『あんたら何しにきたん?』といった感じで警戒されました。だけど、子どもができて小学校に入ったくらいから、徐々に地域の人と交流する機会も増えて、受け入れてもらえるようになったんです」
陽子さんは田舎暮らしをするにあたって、ひとつの決めごとがあったそうです。それは「働かない」という、シンプルだけどなかなか難易度の高そうなルール。
「田舎ではお金のために働かないと決めていたので、10数年自給自足で暮らしていました。畑も田んぼもやって、鳥を飼って、風呂やストーブは薪で火を起こして、そば、梅干し、漬物、味噌、子どものおやつ……口にするものはぜんぶ自分でつくってました」
独学で始めた自給自足の暮らし。それなりの大変さはあれど、それ以上に達成感や楽しさのほうが上回っていたといいます。
もともと以前からオーガニックへの興味を持っていましたが、自給自足生活をスタートさせてしばらく経った頃、陽子さんの身に起きたある体験が、さらなる食への関心を高めました。
「ある日、朝起きたら体の一部が固まってるんですよ。それがリウマチの症状と似ていたので大学病院で診てもらったら『治療するほどじゃない』と言われて。それからしばらくするといつのまにか症状は消えて、すっかり治ったんです。いま思うと、あれはデトックスによる“好転反応”だったんだなって」
その後は五感すべてがとてもクリアになり、現在は体調も良好。食べ物が自分の体の調子を左右するということを身をもって知ったと語る陽子さん。その経験が現在の食に対するこだわりへとつながっているのです。